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西ヨーロッパ帝国が異国の侵略により衰滅に向かい、東ローマ帝国がやっとのことでラテン文化を保っていた頃、ユスティニアニス皇帝(DC527〜565)はキリストの言葉を普及させようと、二人の僧をアジアの地に派遣しました。この僧達が旅に欠かせない杖の中に蚕の繭を隠して、ビザンチンの都コスタンチノープル(現在のイスタンブール)にもたらしたと言われます。
こうしてビザンチンの直接の影響が強かったギリシャ、ペルシャ、イタリアの各都市で最初の養蚕が始められました。9世紀にはアラブ人が治めていたペルシャ、シチリア、特にスペインで更に養蚕が盛んになりました。しかし、最も主要な絹の生産国は今でも中国です。
ヨーロッパへの養蚕の普及は殊にイタリア人のおかげと言えるでしょう。初めてアヴィニョンに絹の取引をもたらしたのはイタリアのジェノヴァ人、初めてイギリスとスイスで養蚕を始めたのもイタリア人でした。
ルネッサンス時代、ダンテが生きていた頃のフィレンツェでは、産業もアルプスの向こうの国々との商業も非常に盛んで、取り扱い品目別に同業組合がありました。絹織物業者の権利を守る “絹同業組合” もあったのは当然の事です。
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